「もっと」から自由になる。北欧の知恵「ラーゴム」で情報過多な日常を整える

「もっと」から自由になる。北欧の知恵「ラーゴム」で情報過多な日常を整える

こんにちは、VOLVO LIFE JOURNALのTです。私たちは今、かつてないほど「多すぎる情報」に囲まれて生きています。SNSを開けば誰かの華やかな生活が目に飛び込み、仕事でもプライベートでも常に最新の何かを追いかけ、所有しなければならない。そんな毎日に、どこか息苦しさを感じていませんか?実は、私もかつてはそんな「情報の波」に溺れる一人でした。しかし、北欧スウェーデンに伝わる「Lagom(ラーゴム)」という言葉を知り、その精神を少しずつ生活に取り入れることで、驚くほど心が軽くなるのを感じました。今回は、情報に振り回されて疲弊しがちな今の日本人にこそ必要な、この「ちょうど良い」という感覚について、等身大の言葉でお話ししてみたいと思います。

この記事で分かること
  • 「多すぎず、少なすぎず」を意味するラーゴムの本当の価値
  • 情報過多が引き起こす、現代人特有の「ストレスの負のスパイラル」
  • なぜ私たちは、必要以上のものを求め続けてしまうのか
  • 自分にとっての「ちょうど良い」を見つけ、心に静かな余白を作る方法
  • ボルボのデザイン思想とラーゴム。引き算が生む究極の安らぎについて
目次

なぜ今、日本人に「ラーゴム」の考え方が必要なのか?

私たちは今、立ち止まることが許されないような速さの中で生きています。でも、その速さや多さは、本当に私たちを幸せにしてくれているのでしょうか。ラーゴムという物差しを持つことは、外側の喧騒から距離を置き、自分自身の中心を取り戻すための第一歩になります。

「ちょうどいい」を知る勇気。ラーゴムが教えてくれる充足感

ラーゴムとは、スウェーデン語で「Not too little, not too much. Just right.」を意味します。これは単に「控えめにする」とか「節約する」といった消極的な意味ではありません。自分にとって何が最適で、どの程度が心地よいのかを主体的に選ぶ、非常に前向きで知的なバランス感覚のことです。北欧の厳しい自然の中では、資源を分け合い、無理なく持続可能な形で生活することが不可欠でした。そこから生まれた「ラーゴム」という思想は、現代の私たちが忘れかけている「足るを知る」という感覚を思い出させてくれます。

多くの人は、「もっと稼げば」「もっと買えば」「もっと知れば」幸せになれると信じて疑いません。でも、器から溢れるほどの水は、結局はこぼれて無駄になってしまいますよね。自分の器の大きさを知り、その中にぴったりと収まる分量で満足する。この「ちょうどいい」という感覚を自分で定義することが、ラーゴムの真髄です。それは諦めではなく、自分自身の人生をコントロールしているという確かな感覚をもたらしてくれます。情報やモノに振り回されるのではなく、自分が主役としてそれらを使いこなす。そんな潔い生き方が、ラーゴムという言葉には込められているのです。

情報に「溺れる」現代人のストレスと、その負のスパイラル

今の私たちは、かつてないほどの情報を浴び続けています。スマホを手に取れば、終わりのないスクロールが続き、脳は常に「次に何をすべきか」「これを知っておかないと」という緊張状態に置かれています。この「情報過多」の状態は、私たちが自覚している以上に脳を疲弊させ、深刻なストレスを引き起こしています。恐ろしいのは、そのストレスを解消するために、またスマホを覗いて別の情報を探し、さらに疲れていくという「負のスパイラル」に陥っていることです。

情報に溺れると、私たちの判断力や感性は少しずつ麻痺していきます。自分が本当にやりたいことではなく、世間で「良い」とされている情報に飛びつき、それを手に入れないと不幸だと感じてしまう。まさに情報の濁流に飲み込まれている状態です。このスパイラルから抜け出すためには、まず「自分は今、溺れているんだ」と自覚し、意図的に情報の蛇口を閉める必要があります。ラーゴムな視点で見れば、世の中の情報の多くは、今のあなたにとって「多すぎる」ものかもしれません。その過剰な刺激をカットすることで初めて、心の水面が静まり、自分にとって本当に必要なものが見えてくるようになります。

デジタルとの距離感を再構築する「情報の引き算」の実践

私たちが最初に手をつけるべきは、デジタルデバイスとの付き合い方です。ここで大切なのは、スマホを完全に捨てることではなく、自分にとっての「ラーゴムな距離」を見つけることです。通知を必要最低限に絞る、SNSを見る時間を決める、といった些細なことからで構いません。重要なのは、情報の入力を自分のコントロール下に置くという意識です。

情報を遮断する時間を設けることで、脳は初めて休息を取ることができます。何もしない、何も見ない「余白」の時間は、退屈な時間ではなく、心がエネルギーを充電するための大切な時間です。私も以前は四六時中スマホをチェックしていましたが、あえて「情報を追わない」時間を作るようになってから、頭の重さが取れ、物事を穏やかに考えられるようになりました。この「情報の引き算」こそが、現代における最も贅沢で効果的なセルフケアだと私は確信しています。多くを知ることよりも、深く感じること。そのバランスこそがラーゴムな状態なのです。

量より質。他人の物差しを捨てて自分だけのバランスを見つける

次に考えたいのが、モノや体験に対する「質」の捉え方です。今の日本社会は、安くて便利なモノで溢れていますが、それが本当に心の満足に繋がっているかは別問題です。たくさんの安物を買い揃えてはすぐに飽きてしまう生活は、モノに支配されているのと同じです。ラーゴムな生き方とは、安易な「量」に頼らず、自分が心から納得できる「質」のものを、過不足なく大切に使い続けることです。

例えば、予定を詰め込むのではなく、本当に会いたい人と過ごす数時間を心ゆくまで味わう。こうした「量から質への転換」は、私たちの人生から余計なノイズを消し去ってくれます。自分にとっての満足基準が明確になれば、誰かの豪華な生活を見ても「それはその人のラーゴムであり、私のラーゴムはこれだ」と、穏やかに受け流せるようになります。他人の物差しで自分の幸せを測るのをやめたとき、人生は驚くほどシンプルで豊かなものに変わります。この「自分軸」を持つことこそ、ラーゴムが教えてくれる最大の恩恵です。

視点「もっと」を追う生き方「ラーゴム」を大切にする生き方
満足の基準他人との比較や数字(量)自分自身の心地よさ(質)
時間の使い方予定を詰め込み、常に忙しい余白を楽しみ、今に集中する
モノとの関係流行を追い、次々と買い換える本当に気に入ったものを長く使う
心の状態常に「足りない」という焦り「これで十分」という深い充足感

ボルボのデザインに息づくラーゴム。引き算が生む究極の安らぎ

https://www.volvocars.com/jp/cars/xc90/interior-design/

さて、こうしたラーゴムという思想が、最もわかりやすく形となって現れているのがボルボの車づくりだと私は思っています。ボルボのインテリアに触れた人が共通して抱く「なぜか落ち着く」という感覚。その正体は、まさに徹底したラーゴムの実践=「引き算の美学」にあります。

物理的なスイッチを整理し、視界に入るノイズを削ぎ落とし、人間に本当に必要なものだけを、最高に上質な素材で配置する。ボルボのデザインは、決して「どうだ、豪華だろう」と主張することはありません。代わりに、そこにいる人が自分らしくいられるための、静かな「余白」を提供してくれます。

派手な電飾や巨大なスクリーンでドライバーを刺激するのではなく、天然木の温もりや、澄んだ空気、そして静寂によって心拍数を安定させる。このラーゴムな空間設計は、情報過多で疲れ果てた現代の私たちに対する、北欧からの最大のギフトなのかもしれません。

ボルボに乗るという体験は、ある種、日常の中で「ラーゴムという生き方」をリハーサルするようなものです。車内に身を置くだけで、外側の喧騒から切り離され、自分のちょうど良いリズムを取り戻せる。そんなプロダクトとしての誠実さに触れるたび、私はボルボが生まれた背景にある思想の深さに、改めて深く感動してしまうのです。私がV90を手放してもなお、ボルボという存在に惹かれ続けているのは、その車が私の人生に「ちょうど良いバランス」を思い出させてくれたからに他なりません。

明日からできる「ラーゴム」の実践リスト
  • SNSの通知をオフにする:自分の時間を他人にコントロールさせない。
  • 「とりあえず」の買い物をやめる:本当に心から惹かれるものだけを傍に置く。
  • 一日の終わりに3分間の静寂を:情報の入力を断ち、自分の呼吸を感じる。
  • 「NO」と言う勇気を持つ:自分の余白を守るために、過剰な要求はお断りする。

自分自身のバランスを信じて

ラーゴムの形は人それぞれです。誰かの真似をするのではなく、あなたにとっての「ちょうど良い」を探すプロセスを楽しんでください。また、ライフスタイルを変える際は無理をせず、自分の心身の状態を最優先にしてください。

正確なスウェーデン文化の研究に基づいた内容ではありませんが、一人のボルボオーナーとしての実感を込めてお伝えしました。

ラーゴムで整えるこれからの豊かな暮らし

私たちが抱える現代的なストレスの多くは、「多すぎること」から生まれています。情報に溺れ、誰かの物差しに振り回され、自分を見失ってしまう。そんな負のスパイラルから抜け出すために、ラーゴムという思想は非常に静かで力強い助けとなってくれます。多くを求めすぎず、今ある幸せを過不足なく味わう。その誠実な姿勢こそが、私たちに本当の自由と平穏をもたらしてくれます。そして、その思想を物理的な空間として見事に体現しているのがボルボという車なのだと、私は確信しています。

「多すぎず、少なすぎず、ちょうど良い」。この言葉を心のお守りにして、日々の選択を積み重ねてみてください。そうすることで、あなたの人生には必ず美しい「余白」が生まれます。その余白の中にこそ、本当に大切にすべきものや、心からの安らぎが宿るはずです。私もいつかまた、あのラーゴムな「聖域」に買い戻るその日まで、自分自身の人生を整えながら歩んでいこうと思います。皆さんの明日が、もっと静かで、もっと満たされたものになりますように。それでは、また次回の記事でお会いしましょう!

生活を整えるための健全な資金計画

人生のバランス(ラーゴム)を保つためには、経済的な安心感も大切です。無理な背伸びをしてモノを追うのではなく、今の自分の資産を正しく把握し、賢く管理することも大切なバランス感覚。もし愛車の売却を検討されているなら、納得のいく形で価値を最大化できるよう、信頼できる専門家やサービスを頼ってみてください。

T(筆者)のひとこと

私がV90を手放して一番後悔しているのは、あの『心が整う空間』を失ってしまったことかもしれません。 皆さんがボルボや自分の愛車に乗っていて、『あ、今心が落ち着いているな』と感じるポイントはどこですか? 内装の質感、音、あるいは空気感…。皆さんのこだわりや、ボルボに惹かれている理由を、ぜひコメントで教えてください!

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この記事を書いた人

Tと申します。27歳です。元V90乗りで、ボルボ大好き人間。新型情報から維持費まで、購入検討中の方やオーナーの方に役立つ情報を発信しています。

もともとステーションワゴンが好きで、レガシィツーリングワゴンからの乗り換えの際に「デザイン・性能・ブランドイメージ、全部を満たすのはV90しかない!」と思い、社会人2年目に無理して購入しました。結婚を機に家計の事情で一度手放しましたが、いつかまたV90に乗るために、このブログを続けています。

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